蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 79. リフレイン

長編 『蒼穹の果てに』

クレフは風のようにやってきて、風のように去っていった。そして、後にはすがすがしいほどの思いが残された。

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 何が起きているのか、よくわからなかった。
 自分が持つ剣が別の剣と交わっていて、その「別の剣」を手にしているのはクレフである。目に見える光景はそういうことなのに、まるで現実感がない。これは夢だろうかと一瞬考えた。そうではないと告げたのは、ちょい、と首を傾げて見せたクレフだった。それは明らかに「ひとつ交えよう」という意味を持つしぐさだった。
 そんなつもりは毛頭なく、プレセアは慌てて剣を手放そうとした。けれど気がついたらクレフが剣を振り解いて構え直していて、プレセアもほとんど反射的に剣を持ち直さざるを得なくなった。鋭い剣先が向かってくる。プレセアは素早く払ったが、金属音はしなかった。
 思わず背筋が粟立った。今のは確実に、剣の先同士を合わせたつもりだった。でもそれらが出会うことはなく、しかし向けられていたクレフの剣先は離れている。つまり、プレセアが払う動作よりもクレフが剣を下げる動きのほうが早かったということだ。

 手を抜いたつもりはなかった。むしろ一連の動きが反射的なもので、考えるより先に体が動いていたはずだ。でも、クレフの動きはそんなプレセアの動きよりも早い。それが意味するところとは――と、そんなプレセアの思考を遮断するかのようにまたクレフの剣先が迫ってきた。
 今度は下から来る。構え、金属音が部屋に響く。振り解き、また切っ先が絡み合う。流れるような動きに、ついていくのがやっとだった。とにかく切っ先が自分に向けられないようにと、必死で振り払う。ほかのことに気を配る余裕などなく、じりじりと後ろに追いやられていることにも気づかなかった。

 クレフのローブが揺れる。金属がぶつかり合う音と風を切る音だけが部屋に満ちる。何度目かの往来の末、上から振り下ろされてきたと思った剣を避けようとした刹那、それはなぜか下からやってきた。剣の表面が太陽の光を反射し、一瞬目がくらんだ。
 頭の上で剣を構えたまま、プレセアは硬直した。喉下に、鋭い切っ先が突きつけられている。肌に触れるか触れないかのところで止まったそれは、少しでも動けば喉を切り裂けるほど隙がなかった。ぴたりとプレセアを捉えている切っ先を前に、唾を飲み込むことすらできない。――完敗だ。

 先に構えを解いたのはクレフだった。
「突然すまなかった。おまえの所作を見ていたら、つい交えたくなってしまってな」
 相好を崩し、クレフはいつものように微笑んだ。立ち尽くし、肩で息をするプレセアとは対照的に、クレフはどこも乱れてはいなかった。彼は手にしていた剣を元あった場所に静かに置くと、パンパンと手をはたいた。
 なるほど、とプレセアは思った。そういえば、先ほどラファーガを見送ったときに部屋の扉を開けっ放しにしていた。たまたま通りかかったクレフは、いったい何をしているのだとプレセアを咎めるつもりで中に入った。するとプレセアが武器庫で一人剣を振っている。それを見ているとつい相手をしたくなって、手近にあった剣を取り、切っ先をぶつけてきた。そういうことか。

「いやいやいや」
 そういうことか、じゃない。プレセアは激しく何度もかぶりを振った。クレフが驚いた顔で振り返る。杖を持っていない彼は、拍子抜けするほど幼く見えた。プレセアは、あれほど大切に慈しんでいた剣をほとんど放り投げるようにして、クレフにずいと迫った。
「導師クレフ」
「な……なんだ」
「いったいどういうことなんですの、その剣さばきは。あなたが剣を扱えるなんて、聞いておりませんわ」
「それはそうだろう。誰にも言っていないのだからな」
「なぜです」
「なで、とは」
「なぜ教えてくださらなかったのかと聞いているのです」
 一言一言を押し込めるように言った。そうするとクレフは一度瞬きをし、そして突然破顔した。
「おまえは、剣のこととなるとすぐむきになるな」
「な……」
 今度はプレセアがたじろぐ番だった。「むきになる」だなんて、子どもじゃあるまいし。もういい大人なのだ、そんなことを言われたら、言葉に詰まらざるを得ない。
「最初に会ったときもそうだったではないか。おまえは私につかみかからんばかりの勢いだったのだぞ。忘れたか」
「わわわ、忘れてるわけないじゃありませんか」
 あのときから、私はあなたを慕っているのですから。そんな言葉が出かかって、不安定に口ごもった。それに、まさかクレフが当時のことを憶えてくれているとは思わなかったので、嬉しいやら恥ずかしいやらで、どうしたらいいかわからなかった。
 クレフはなぜか満足そうにほほ笑むと、プレセアから視線を外し、徐に胸元の宝玉に手を翳した。するとそこから光があふれ、やがてクレフの手中に、あのいつも構えている杖が出現した。
 そうしてその杖を手にすると、クレフはやはりクレフ然として見えた。それにしても、クレフがその杖を剣に持ち替えるところを見たのは、長い付き合いの中でも今日が初めてのことだった。

 ふと、クレフがまっすぐにプレセアを見た。
 ぼんやりと彼に見とれていたことに気がつき、プレセアはひどく慌てた。あ、とかええと、とか言いながら、どくどくとうるさい鼓動に急かされるようにプレセアは言葉を探した。
「その――あ、お茶! お茶でも、いかがですか? このあいだカルディナにもらったチゼータ名産の茶葉があって」
「……ああ、いただこう」
 くすり、とクレフが笑って言った。それすらも面映ゆくて、プレセアは逃げるようにしてキッチンへ足を向けた。

 ――もう。クレフが突然、出会ったときのことなんか言い出すから。
 なかなか収まらない鼓動を、クレフのせいにする。まるで少女に戻ったかのような自分の反応は気恥ずかしいものだったが、決して不愉快ではなかった。自分の中にまだこんな初心な部分が残っていたということにびっくりした、というのがもっともらしいかしれなかった。
『おいしく淹れるコツはな、焦らんとじっくり蒸すことや』
 カルディナの話を思い出しながら、丁寧に心を込めてお茶を淹れる。自分一人のときは絶対にそんなことはしない。ただ、クレフが「おいしい」と言って微笑んでくれるのが見たかった。そんなことを考えていたから、剣の話をうまくごまかされてしまったことにも、プレセアは気がついていなかった。

***

 二つのティーカップを載せた盆を手に部屋へ戻ると、クレフが部屋の片隅に置いてあった巨大な鉱物を興味深そうに眺めているところだった。
「あ、それ」
 プレセアは思わず言葉をこぼした。気づいたクレフが顔を上げる。ただでさえ巨大な石は、クレフが隣に立つと本来の大きさよりもかなり大きく見えた。
「驚いた。これほど純度の高いスライ、長いこと目にしていなかったぞ」
 プレセアはそれには答えず、あいまいな笑みを刷くと丸テーブルにティーセットを並べた。クレフがやってくる。向かい合った椅子の片方に腰を下ろしたクレフは、けれどすぐにカップに口をつけようとはしなかった。
「いったい誰が見つけてきたのだ」
 プレセアが向かい側に腰掛けるのを待って、クレフが問う。彼の視線はいつだって真っすぐで、ごまかすことを許さない。果たして彼は、自分の持つ目力の強さを自覚しているのだろうか。

「……私です」
 迷った末、プレセアは言った。
「ある人に、たまには自分のためにも武器を創ってみたらどうかと言われて」
 プレセアは部屋の隅に置かれている鉱物を見た。
 全体は漆黒なのに、西日を受けたところだけは透明に輝いている。『スライ』と呼ばれるその鉱物は、セフィーロでは比較的メジャーな鉱物だ。中程度の純度のものは割と簡単に見つけることができ、普通に扱うには強度も申し分なく、プレセアも『スライ』からは数えきれないほどの武器を創ってきた。でも、純度の高い『スライ』となると話は別だ。純度が高くなればなるほど、光を浴びたときの透明度が増す。いまプレセアの部屋にあるそれは、光を受けたところは見事なまでに透き通っている。クレフが言うように、それほど純度の高い『スライ』を、しかもその大きさで採るというのはめったにできることではなかった。

「『沈黙の森』の奥深く、かつて『霧谷』と呼ばれていたところで見つけました」
 クレフが目を見開く。『霧谷』の険しさを知っているからこその反応だった。プレセアはあいまいに微笑み、肩をすくめて見せた。
「……そうだったのか」
 感慨深げに言い、クレフはようやく紅茶に手を伸ばした。
「そうだな。おまえも、自分のための武器を持っておいた方がいいかもしれんな」
 意外な答えに、プレセアはまじまじとクレフを見返した。意外だと感じて初めて、心のどこかでは、「自分のために剣を創る」という考えは否定されるだろうと思っていたのだと知った。
「セフィーロは、いつ戦場になるともわからぬ。剣を扱える者は、自らの身を守るためにも、少しでも手に取った方がいい」
「でも」
 思わず身を乗り出すと、膝に乗せたティーカップがソーサーとぶつかり合って小さな音を立てた。
「でも、私は創師です。剣を扱うことではなく、創ることが本業ですわ。剣士ではありませんから、いざ敵と対峙したとして、果たして互角に渡り合えるかどうか」
 するとクレフは、紅茶を噴き出しかねない勢いで破顔した。
「何をとぼけたことを。おまえならば、おそらくフェリオといい勝負だ。過ぎた謙遜をするな」
 あまりにきっぱりとした物言いに、プレセアは瞬いた。

 その直截な誉め言葉は、もはや「恥ずかしい」を通り越して素直に嬉しかった。クレフは思ってもいないことは口にしない。まして、先ほど自分は彼と簡単ではあるが手合わせをしたばかりだ。本当にダメだと思ったら、クレフはプレセアが剣を扱うことを強く窘めるだろう。でも実際には、彼は窘めるどころか誉め、「そうしたほうがいいかもしれない」とまで言った。それはプレセアの背中を力強く押す事実だった。でも、一歩を踏み出すにはまだ足りないものがあった。
「本当は」とプレセアは言った。「不安なんです。自分のために武器を創るなどということが、果たしていいことなのかどうか」
「どういう意味だ」
「創師は文字どおり、武器を創ることが仕事ですわ。私の本来の役割は、戦う人々を補佐すること。それなのに、自らが握るための剣など創ってしまったら、そして、その剣を手にして戦いの前線に出てしまったら――それはもう、『創師』ではないのではないかと」
 私は怖いのだ、と、言葉にして初めて気がついた。自らのために武器を創り、そしてそれを手にして戦う道へと一歩踏み出した瞬間、私はいったい『だれ』に、そして『なに』になるのだろう。『創師』の枠からはみ出したところへ行くということが、プレセアには怖かった。でもその怖さと同じくらい、自分の中にある「私も戦いたい」という願望は、もはや無視できないほど強くなっていた。だから、ジェオが「自分のための剣を創ればいい」と言ってくれたとき、救われたような気がしたのだ。

「プレセア」
 呼ばれて、気づかぬうちに俯かせていた顔を上げた。クレフはまるで愛おしいものを見るかのような目でほほ笑んでいた。覚えず鼓動が高鳴る。ごくりと唾を呑むと、それは渇いた喉にあっという間に吸い込まれていった。
「おまえの『願い』はなんだ?」
「え?」
「おまえは、『自らのために剣を創る』ことを願っているのか?」
 どう答えたらよいのかわからず、プレセアは押し黙った。短く、しかし長い沈黙が流れたあと、クレフがやにわにその肩にかけていた杖を手に取り、まるで生き物の背を撫でるように柄の部分に手を滑らせた。
「この杖も、私が自らの『心』で作り出したものだ」
「え」とプレセアは瞬いた。「そうだったのですか」
 クレフはうなずいた。
「私は自らのためにこの杖を創った。しかしそれは、杖を創りたかったからではない。私は、魔法力を高めたかった。そしてその目的を達成するためには、どうしても杖が必要だった。だから創った。それだけのことだ」
 クレフがそうして自分自身のことを語るのは極めて珍しいことだった。でもそのときのプレセアにとっては、その珍しさよりもクレフが何を言おうとしているのか理解することのほうがよほど大きな意味を持っていた。

 プレセアはそっと自らの胸に手を当てた。私の『願い』は何なのか、問うまでもなく答えはそこにあった。――『人の力になりたい』。
 それはまさに、老師と出逢い、彼のもとで修業をし、そしてクレフの手によってこのセフィーロ最高位の『創師』と認められてから今までも決して変わることのない、プレセアをプレセアたらしめているものだった。プレセアが創師となったのは、それが自分がもっとも誰かの役に立てることだったからだ。プレセアが武器を創ることが誰かの役に立ち、ひいてはこの世界を守ることにもつながっていくと信じ、誇りを持っていた。
 もちろん、その気持ちは今もある。でも今、プレセアは自分が創師として誰かを補佐するより、自らも武器を手に直接戦いに参加することのほうがセフィーロを守ることにつながる気がしている。人手がじゅうぶんあるときはよかった。けれどジェオやザズ、サンユン、タータなど、力ある者たちが次々と行方知れずになっている中、戦う余力を残している自分は、最前線に出て戦うことによってこそ人々を守るべきなのではないか。そう思っている。

「目的さえはっきりしていれば、何も畏れることはない。おまえが自らのために剣を創り、それを手に戦ったとしても、おまえが『創師』であり続けたいと願うならば、それが揺らぐことはない。忘れるな、プレセア。セフィーロは『意志の世界』だ。何よりも強い『意志』が勝るのだ」
 クレフの言葉の一つひとつが、心に沁みわたっていく。
「――はい」
 プレセアは目を閉じ、自分に言い聞かせるようにしっかりとひとつうなずいた。心は晴れ渡り、もやもやと垂れ込める霧のようにそこを覆っていた思いは嘘のように消えていた。

「――前に、話せてよかった」
「え?」
「いや」
 クレフがさっと立ち上がる。ティーカップの中身は、いつの間にか空になっていた。
「邪魔をしたな」
「あ、いえ」
 迷いなくさっさと歩きだしたクレフに、プレセアも慌てて立ち上がり、後を追おうとした。けれどその背中がなぜか見送りを拒んでいるように見えて、立ち上がっただけで歩き出すことができなかった。
 クレフの杖が傾き、扉が開かれる。外へ出ると、クレフは一度こちらを振り向いた。
「戸締りはしておけ」
 いたずらなその言葉に、また頬が染まる。はい、と答えたその声は、自分でもわかるほど掠れていた。クレフは最後ににっこりとほほ笑んで、去っていった。扉が、まるで彼の優しさがそのまま形になったかのように、ゆっくりと閉じられた。


 クレフは風のようにやってきて、風のように去っていった。そして、後にはすがすがしいほどの思いが残された。
 プレセアは改めて部屋の隅の『スライ』を見た。もう、その巨大な鉱物を見ても迷いは浮かんでこなかった。私は私のために武器を創る。きっといいものが創れる確信があった。
 静かな高揚感がプレセアの中にあった。それは久しく感じたことのない思いだった。でも、その思いはずっとプレセアの中にあったのだ。それをたった今、クレフが解き放っていってくれた。
 改めてクレフの言葉が持つ力を想いながら、プレセアは盆を取り上げ、空になったティーカップを載せた。
 それにしても、とプレセアは思った。クレフはなぜここへやってきたのだろう。プレセアの背中を押すためにやってきたのだろうか。タイミングとしては絶妙だったけれど、プレセアはクレフに対して一度も、悩んでいることを打ち明けたことはなかった。
「――え?」
 そのとき突然、思い出した。
『発つ前に、話せてよかった』
 そのときは聞き取れなかった最後の言葉がいま、プレセアの頭を何度も打つ。盆を手にしたまま、プレセアははっと振り返った。けれどそこには、大きな扉が悠然と構えているだけだった。




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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