蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 84. 無風

長編 『蒼穹の果てに』

「憶えておきなさい。誰かを傷つけるために戦う者などいない。皆、己の『願い』のために戦うのだ。人も――そして、神さえも」

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 火山、海、空に浮かんだ山。
 この『過去のセフィーロ』は、海が最初に招喚されたときに見た『セフィーロ』によく似ていた。でも、今海がいる『セフィーロ』の方が、それぞれのパーツが一回り大きいように思う。
「ありがとう、導師さま! お母さまにブイテックを届けてくるわ」
「待たれよ、姫ひとりでは心もとない。私も今そちらへ――」
「私はだいじょうぶよ。導師さまは、フューラを『精霊の森』へ連れていってあげて。たくさん飛んで、疲れたと思うから」
「しかし」
「お父さまには、内緒ね!」

 なるほど『命』の見立てどおり、エメロード姫とクレフが戻ってきたのは、海の後ろに伸びる影がだいぶ長くなってからのことだった。
 幼いエメロード姫は両腕いっぱいにブイテックを抱え、ぱたぱたと城へ駆けていく。慌ててそのあとを追ってきたクレフだったが、エメロード姫の姿があっという間に城の中へ吸い込まれて見えなくなってしまうと、足取りを徐々に緩ませ、やがて立ち止まった。そのとき彼の横顔に浮かんだ笑みは、これまで海が見たことのあるどんなクレフの笑顔よりも優しかった。

 城の高いところから、無数の細長い滝が筋を描くように流れている。海はその滝のそばにある岩場に腰掛け、ふたりの様子を眺めていた。そう遠くないところにいるのに、クレフは海の存在に気づかない。彼はエメロード姫が城の中へ姿を消してからもしばらくそのまま見つめていたが、やがて何かを呟くと、緩やかに踵を返して来た道をゆっくりと戻り始めた。彼が何と言ったのかは聞こえなかったが、聞かなくていいのだと思った。そのとき、海のそばで草を踏む音がした。
「今夜は、チゼータの踊り子が城で舞を披露することになっていてね」
 海は振り返らない。誰だかわかっているからだ。
「久しぶりの晩餐会なので、国王も忙しい。それをわかっていて、エメロードは城を抜け出したようだ。小さいのになかなか策士で、困ったものだ」
 『命』が楽し気に言う。本当に楽しんでいるのか、無理に楽しいことを装っているのか、海にはもうわからない。きっとどちらも本当で、どちらも本当ではないのだろう。100パーセントの正解なんて、この世界にはないのだ。

 海はそばを流れる滝にそっと手を差し入れた。触れた瞬間はひやりと冷たいのに、指のあいだを流れていくうちに不思議と温かく感じてくる。これが、この時代の『柱』である命の創造するセフィーロだった。人に触れれば、温かい。
「……私、元の世界に戻るわ」と海は言った。
「……そうか」
 指と指のあいだを、水が絶えることなく流れていく。この感覚も水の流れそのものも、すべては『現実(いま)』のことなのに、海にとってはここは『過去』だ。
「どうするべきか、まだ全然わからないの。本当なら、戦いたくない。その気持ちは今もあるわ。だから、こんな状態で元の世界に戻ったところで、みんなの力になれるのか、正直言って自信がないわ。もしかしたら、迷惑をかけるだけになってしまうかもしれない。でも、それでも私――会いたいの。クレフに、会いたい」
 言葉にした途端、思いが堰を切ってこみ上げてきた。それは涙となって海の目から零れ、頬を伝った。
「約束したのよ、私。クレフに、『あなたはひとりじゃない』って。クレフにとって私は足手まといでしかないかもしれないけど、でも、どんなときもそばにいるって約束したの。それなのに、私、こんなところに来てしまった。クレフをひとりにしてしまった。きっと大変なときなのに、一番、ひとりにしちゃいけないときなのに」
 思いが言葉になり、涙になってあふれてくる。海は両手で顔を覆った。
「クレフが辛い思いをしていたら、どうしよう。そう思うと、居ても立ってもいられないの。クレフに会いたくて、たまらないわ」

 この時代のクレフを知れば知るほど、未来のクレフ――海にとっての『クレフ』――への郷愁が募った。エリーゼのことを「美しい人だった」と言ったあのとき、クレフはとても柔らかく笑っていた。あんな風に、彼にも『導師』という肩書を捨てる時間を持ってほしい。忘れかけていた願いが、この時代にエメロード姫と戯れるクレフを見るたびに押し寄せてくる。どうして私は逃げることを選んでしまったのだろう。クレフのそばにいることよりも大切なことなんてなかったはずなのに。

 不意に、海の全身をふわりと温かいものが覆った。命がその腕の中に海をすっぽりと包み、抱きしめていた。
 ほっそりとした大きな手が、海の頭を優しく撫でる。海はその手にされるがまま身をゆだねた。ゆっくりと上下する手に、やがて呼吸が合ってくる。昂る気持ちはそのまま自分の中にあるのに、不思議と涙が引いていった。やがて命がゆっくりと海から離れるころには、強く瞼を閉じても何も流れてこなかった。まるで、「哀しみ」という感情だけが抜き去られたように、心が軽くなっていた。
 海を見て、命がほほ笑む。
「それでいい」と命は言った。
 笑い返せていたかどうか、わからない。海は頬に残った涙の痕を掌でぬぐった。
「止めないのは、ここに残っても私にできることがないから? それとも、私が戻ったあとにどうなるか知っているから?」
「――え?」
「あなたが変えたかった『未来』は変わらなかったかもしれないわ。でも、私はきっとそれよりも先の『未来』から来ているし、私が戻ったその先には、また別の『未来』があるでしょう。あなたは、私たちの戦いがどういう結末を迎えるのかも、知ってるの?」

 強い風が吹き、木々が騒々しく揺れた。
 命の薄い水色の瞳が見開かれる。何か言おうとしたのか彼女が口を開いたとき、海は咄嗟にそれを制していた。
「やっぱり、言わないで。知ってしまったら、私、隠し通せる自信がないわ」
 海は照れ隠しに苦笑したが、命は笑わなかった。
「……どうしたの?」
 海の問いにも応えず、命はどこか恍惚とした表情をしている。その瞳が、一瞬見たことのないような光を宿したかと思うと、命はゆっくりと顔を上げて天を仰いだ。
 その視線は確かに空へと向けられているはずなのに、不思議と「何も見ていない」ように見えた。海はなぜか声が出せなくて、黙って命を見守っているしかなかった。やがて、永遠にも思えるような長い長い一瞬が過ぎたあと、大きくて緩やかな風が、命の長い髪を波打たせた。
「――そうか」
「え?」
 命が海を見て、優しく笑った。
 おや、と海は思った。長く伸びる彼女のまつ毛の影が、気のせいか、先ほどよりもくっきりして見える気がした。
「そうだな。おまえの『未来』に何が待っているのかは、知らなくていい」と命は言った。「おまえは『いま』、おまえの元いた世界に戻ることを決めた。その選択が、また新しい『未来』を創る。『未来』は『いま』の『選択』であり、また、『過去』に『選んだもの』の『結果』だ」

 命が海に向かって手を伸ばした。海は素直にその手を取り、立ち上がった。
「でも、どうやったら戻れるのかしら」
「心配要らない。おまえが偽りのない『心』で強く願えばいい。それに、私も少しだけ力を貸そう」
「いいの?」
「ああ」と命はうなずいた。「大切なことを教えられたお礼だ」
「え?」
 ふと、命が海の目元に手をかざした。そうしろと言われたわけでもないのに、海は自然と目を閉じていた。
「――進むべき道に迷うときは、己の心に手を当て、考えろ。今、おまえが強く願うことは何だ」
 海はその言葉どおり、自分の胸にそっと手を当て、そこから発せられる「声」に耳を傾けようとした。私の、ゆずれない『願い』は何か。
「……クレフに、会いたい。『ひとりじゃない』、その『約束』を守りたい」
 海は目を開けて命を真っすぐに見た。彼女を見ることにためらいのないことに気づいて初めて、これまでは、命のことを真っすぐに見ることができていなかったのだと知った。
「そうだ」と命は言った。「今は、それでいい。その『願い』を決して忘れるな。迷うときは、思い出せ。その『願い』がおまえを支えてくれる。そして、もう二度とここへやってくることもなく、『未来』へ進んでいくことができるだろう」

 そのとき、天上から真っすぐに光の柱が降り注いできて海を包み込んだ。この光の先が元の世界なのだと、海にははっきりとわかった。
 もう二度とここへやってくることもなく――命の言葉が耳の奥でこだまする。ほんの数時間をともに過ごしただけだったのに、必然とわかっていても、彼女と別れることは淋しかった。
「あのね」と海は言った。「エメロード姫が創造した『セフィーロ』は、ここによく似ていたわ」
 命が目を見開く。海は笑った。
「きっと、エメロード姫は、このセフィーロで過ごした日々がとても幸せだったのよ。だから、あなたが創造したようにセフィーロを創りたかったのだと思う」
「……ありがとう」と命が言った。そして、「私の『夢見』が外れるのは、一度きりだ。もう二度と、外れない」
 同じことを、彼女は昼間にも言った。でも、今の命はどこかとても嬉しそうで、同じ言葉とは思えないのが不思議だった。

 海を包む光の柱の輝きが強くなり、その外側にいる命の姿が霞んでいく。別れのときだった。海はぐっと背筋を伸ばし、光の柱が差す方向――『未来』を見た。
「娘よ」
 不意に命が言った。
「憶えておきなさい。誰かを傷つけるために戦う者などいない。皆、己の『願い』のために戦うのだ。人も――そして、神さえも」
 ほかに『セフィーロ』の音はもう聞こえないのに、その命の言葉だけは最後までくっきりと海の耳に残っていた。「ありがとう」と口にしたつもりだったけれど、その言葉が命のもとまで届いたのか、確かめることはできなかった。
 強い『力』が海の全身にかかる。そしてほんの一瞬、飛ばされるような感覚のあと、もう意識はそこになかった。

***

 何か固いもの同士が擦れ合うような音がして、海は目を覚ました。そっと開けた目にまず飛び込んできたのは、小さな宝石がいくつもちりばめられた天井だった。
 ふと視界の隅でうごめくものがあって、海は首を傾けた。すると、ベッドサイドに小さな背中が見えた。
「クレフ……?」
 でも、こちらを振り返ったその背中の主はクレフではなかった。皺くちゃの顔の中にある薄緑色の双眸が、微かに見開かれている。フーガだった。
「お目覚めか」
 フーガが目を細めてゆったりとほほ笑む。海は少しだけ彼の力を借りてゆっくりと上体を起こした。疲労感はなかった。そのままベッドから降りようとしたとき、気のせいかクレフの香りが鼻を掠めたような気がして、海は足を止めた。
「ねえ、もしかして、この部屋にクレフが――」
 そのとき突然、ガタン、と格子窓が揺れ、海の言葉を遮った。

 海は何気なく窓の外を見た。世界は夕陽で赤く染まっている。空には早くも一番星が出て、そしてその手前には、うっすらと月も姿を現し始めている。
「それ」を見つけたのは、まったくの偶然だったのか、それとも必然だったのか。
 小さなシルエットでしか見えなかった。大きな羽を持った馬のような動物が、その背に人を乗せ、美しい夕焼けの中を一直線に駆けていく。海は思わず起き上がって窓枠をつかんだ。
 そんなはずはないと思いたいのに、それが誰で、どこへ向かっているのかわかってしまう。まるで流れ星のように、彼の姿は夕焼けの空の中へ瞬く間に溶けていく。
「――クレフ」
 呟いたそのとき、吹き抜けていた風が止んだ。静まり返った窓枠は、無慈悲にも冷たかった。




第八章 完


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2019.04.07    編集

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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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